ヒグチアイが、TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season Part2エンディングテーマの新曲「悪魔の子」を2022年1月10日(月・祝)に配信リリースした。アニメの世界観に寄り添いつつ、これまで発表してきた曲でヒグチアイ自身が歌ってきたメッセージとも通じ合う部分のある、鮮烈な一曲だ。3月2日(水)には、この曲に加え、「縁」(ゆかり)をはじめ、「働く女性」がテーマの三部作「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」などを収録した2年半ぶりのオリジナルアルバムの発売が決定。3月には東京・大阪でバンドセットでのワンマンライブも開催される。今回、新作について、音楽との向き合い方についてなど語ってもらっているので、是非最後まで読んでほしい。
2022年は自分を豊かにすることを大事にしようと思っています
──新曲「悪魔の子」はTVアニメ「進撃の巨人」のエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲ですが、最初に依頼を受けた時の第一印象はどういうものでしたか?
「いいんですか?」みたいな感じでした。もともと原作の漫画が大好きで読んでいましたし。ただ、漫画のほうは完結しているんですけれど、アニメでは完結していないので、どうしようかを考えるのは大変でした。しかも、現実の世界の話ではないので、私の書いた曲のなかで1曲だけ飛び出したものになってしまうんじゃないか、みたいな気持ちがずっとありました。自分が歌っていておかしくないものにしたいというのがあったので、自分の方に寄せていくのがテーマだったような気がします。
──「進撃の巨人」はどんなところがお好きなんでしょうか。
最初読んだ時には夢に巨人が出てきて、めちゃくちゃ怖くて途中で読むのを止めてしまったんです(笑)。でも、もう一度読み直した時に「なんて展開の速さなんだ」と思って、すごく面白くて。単なるファンタジーでは全然なくて、現実の世界で起きていることに置き換えられるものがたくさんあると思いました。
──「進撃の巨人」のストーリーには、正しさと別の正しさが衝突しているようなところがありますよね。それは今の社会に通じるものだと思いますし、そのあたりが曲のテーマにも投影されているような印象があります。
そうですね。まさに、そこ一本で書いているというのがあります。こっちの正義があって、向こうの正義があって、その正しいところがぶつかっているだけということが、世の中には本当に多い。自分が正しいと思ったことを突き進められなくなることが、大人になるということなんだと思います。たとえば、自分はこれをやりたいけど、でも、これが正しくないと言う人の気持ちもわかる、ということもありますし。自分の正しさと相手の正しさが違ったときに、どうしたらいいんだろうっていうのは、私はたぶん死ぬまでずっと考え続けるんだろうなと思います。
──歌詞には「壁」や「戦争」のように「進撃の巨人」の世界に通じる言葉が出てきますが、それだけじゃないものになるよう意識して書いていったということですか。
そうですね。この曲で私のことを知る人も多いと思うので、「これが私の読み方だ」という感じの曲にはなっていると思います。聴いている人は「そういう見方もあるんだ」って思うかもしれないですけれど。
──「悪魔の子」という曲名はどういうイメージから出てきた言葉なんでしょうか。
「悪魔」というのは「進撃の巨人」に出てくる言葉で。悪魔と思われているものと、そこから生まれた子供たちがいて、その子供たちがまた子供を生んでいく。そうやって血を繋げていくということはどういうことなのか、ということをすごく考えました。その国に生まれただけで自分の運命が決まってしまっているということは、多かれ少なかれ日本にも、どこの国にもあることだなって思ったので、それで「悪魔の子」にしました。でも、「こんなタイトルでいいんだろうか?」とは思いましたし、迷いました。
──かなりダイナミックな展開とユニークなアレンジの曲になっていると思います。サウンドや曲の構成というのはどうやって作っていったんでしょうか。
曲の構成は自分で考えました。アニソンって、サビで転調する曲が多い印象があって。だから転調したほうがいいかな?っていうのが最初にありました。アニソンを聴く方は、いろんな展開を全部把握して楽しむ人もいるんじゃないかなと思ったので、複雑な箇所を増やしたいという気持ちもありました。で、アニメの舞台が日本ではないから違う国の音を入れたいとか、こういう楽器を使いたいとか、気持ち悪さの感じを残したまま全体的なまとまりがほしいとか、全部アレンジャーの兼松衆さんにお伝えしてアレンジしてもらいました。
──たとえば、どういう音がポイントになりました?
兼松さんが吹いてくれたティン・ホイッスルという音色です。どこの国かあまりわからないような楽器が入ったりもしていますね。
──こういう曲をピアノ一本で弾き語りをすると、きっと音の風景も変わってきますよね。
もともと弾き語りでは作っているし、考えていることは歌詞の中に詰め込んでいるので、歌詞がもっとシンプルに伝わるようになるだろうなとは思います。とはいえ、いつか生演奏のオーケストラを従えてやれたらいいな、とも思っています。
──2021年には4月に「縁」、9月から「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」という「働く女性」をテーマにした3ヶ月連続配信リリースもありました。こうした曲を振り返って、どんなことを歌ってきたという実感がありますか。
今まで私は矛盾しているものがすごく苦手で、矛盾っていうものをなるべく切り捨てていこうと思っていたんです。それが、20代後半になってからは、矛盾しててもいいと思い始めたんです。そこからさらに「矛盾しててもいい」じゃなくて、むしろ「矛盾しているのが人間なんだ」という考えになってきて。憎いという気持ちと愛するっていう気持ちが同時に存在しているのが人間なんだっていうことがわかったんです。そのときに「縁」という曲を書くタイミングがあって、今の私が考えているテーマとめちゃくちゃ似てるなと思いました。3ヶ月連続の曲も、自分の中でいろんな気持ちがあって、一部分を切り取っているからそこだけだと思われているかもしれないけれど、その後ろにそうじゃない気持ちがある、っていうことを書いていきたいという思いはずっとあって。矛盾を受け入れて認める、矛盾しているものを当たり前だと思い、それを書いていきたいと思っていました。
──まさに、そのテーマと「悪魔の子」も関連していますよね。
そうですね。この「悪魔の子」が一番、両方が存在しているっていうことが書けていると思います。曲って、一部分を切り取るものじゃないですか。切り取るから、それだけだと思われる。そうじゃないよっていう話にすると複雑になっちゃう。だけど、この曲はアニメが説明してくれているものがあるので、複雑に書いてもよかったという感じですね。
──一方で「働く女性」というテーマの楽曲があり、一方に「進撃の巨人」の主題歌があるというのは、一見全然別のことを歌っているように思えるかもしれないけれど、芯のところでは通じ合うものがあるんですね。
ありますね。思ってないことは書けないっていうのが第一にあるので。漫画を読んでも、エッセイを読んでも、自分の考えと似ているところが特に目に入ってくる。それが全部つながっているということなんだと思います。
──「東京にて」に関してはどうでしょうか。この曲はNetflix配信映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』に使われるなど、いろんな広がり方をしている曲だと思います。あの曲を作ったこと、あの曲が呼び込んできた出会いについては、どう捉えていますか?
不思議ですね。こんなことになると思わなかったです。気持ちを込めて作ったというよりは、あっさり作った曲なので。歌詞を読んでもらったらわかるように、自分の話をしていないのに、刺さってくれているのは奇跡みたいな話だとも思います。だから、びっくりしていて、「良い曲」って言われても「そうなんですね」って、他人事みたいな感じがしています。
──そういう、重心を外すような描き方をした曲が遠くまで届いていくということで、新しい鍵が開いたような実感もあったりしますか?
そうですね。2年間くらい自分のことを書けなくなった時期があったので。「悲しい歌がある理由」とかもそうなんですけど、他人の話を書いている時の方が楽なのに、人に届きやすいっていうのは何なんだろうなっていう。ひょっとしたら俯瞰して見ている時の方が人に伝わりやすいということもあるのかもしれないですね。
──「縁」や「悪魔の子」はドラマやアニメとのタイアップで、これらの曲は原作となるエッセイや漫画をヒグチアイさんがどう捉えたかということから曲を作り始めているわけですよね。そういう意味では、「東京にて」は東京の街とのタイアップというか、そこに暮らしている人々の生活をヒグチアイさんがどう捉えたかということが曲になっている感じがします。誰から頼まれたわけでなく、そういうことをやっているという。
ああ、なるほど。タイアップという感じかもしれないですね。たぶん、オリンピックが延期されたことやコロナとか、そういう全部がハマって結果的に長く聴いてもらえるようになったような気もします。
──そういう曲が生まれていることで、自分のことを歌うということに関しても、アーティストとしてのクリエイティブが深まっているように思うんですが、どうでしょうか。
それだといいですよね。13年くらいずっと自分のことから歌を作っているので、その13年間で考えると、やっぱり炭鉱から石炭を掘っていくのと同じで、どんどん無くなっていくんです。曲を出すよりも、私の思考が深まる方が時間がかかるんです。そのバランスが取れなくなって、他人のことを書くっていうことしかできなくなった2年間があって。その2年間に溜めた石炭を、「また掘れた」みたいな気持ちで出しているのが、ここ最近の曲だったりもします。「書けた」と言いながら「やめるなら今」と言っているんですけれど(笑)。そういう風に、ちょっとずつ他のところから書けるようになったし、自分からも書けるようになった。それはできることが増えてきたという感じがします。
──現在はこれらの曲を収録したアルバムを制作中ということですが、どんな一枚になりそうでしょうか?
今まではアルバムに向けて曲を作ってきたんですけれど、今回はとにかく「1曲で聴いてもらえるようにするにはどうすればいいんだろう」って考えながら作った曲ばかりなので、めちゃくちゃ濃いアルバムになっている感じがします。自分の中でも新しい作り方のアルバムですね。
──2022年はどういう年にしたいと思っていますか?
コロナがあったというのもありますけど、去年はプライベートでいろんなものを見にいったり、吸収したりできてなくて。2022年はもうちょっと自分の人生を豊かにすることをしたいなと思います。音楽がないと生きられないんじゃなくて、私の場合は生きている中に音楽があるので。「生きている」ということを豊かにしていかないと、曲も書けない。2022年は自分を豊かにすることを大事にしようと思っています。
──ちなみに、以前のインタビューでは「意外と腐女子なんです」と仰っていましたが、他にも「意外と○○なんです」ということはありますか?
腐女子は今でも変わらないですが(笑)、最近は意外と海外のサッカーを見てます。DAZNでプレミアリーグとラ・リーガとセリエAを見ています。特にどこのチームのファンっていうわけではないんですが、やっぱり冨安(健洋)選手が所属しているアーセナルは応援していますね。サッカーの試合を見ながら、前半の45分で筋トレをして、後半の45分でストレッチするっていうのが最近の日課です。
──3月には東京、大阪でワンマンライブも予定されています。応援してくれる方へのメッセージをお願いします。
「悪魔の子」に関して言えば、やっぱりフルで聴いてほしいというのはありますね。この曲を弾き語りじゃなく原曲に似たアレンジでライブができるのは今のところ3月のライブしかないと思うので。是非3月のライブに来てもらえればと思います。
文:柴那典
写真:平野哲郎
▼ヒグチアイ「悪魔の子」はこちらから
レコチョク:https://recochoku.jp/artist/2000029916
TOWER RECORDS MUSIC:https://music.tower.jp/artist/detail/2000029916
dヒッツ:https://dhits.docomo.ne.jp/artist/2000029916
▼ヒグチアイ 4thアルバム「タイトル未定」
2022年3月2日(水)発売
▼HIGUCHIAI band one-man live 2022
■2022年3月11日(金) 東京 EX THEATER ROPPONGI
open 18:30 / start 19:30
info:SOGO TOKYO http://www.sogotokyo.com/
■2022年3月27日(日) 大阪 umeda TRAD
open 17:30 / start 18:00
info:SOUND CREATOR https://www.sound-c.co.jp/
全席指定:前売 5,500円 (税込)+1Drink
チケット一般発売:1月15日(土)
▼関連インタビュー(レコログ)
「東京にて」が話題のヒグチアイ、デビュー5周年突入記念・体験型企画展「新しい答えをつくろうよ」開催!「ヒグチアイの歴史を辿りながら、ご自身の新しい答えをみつけてください」
ヒグチアイが『樋口愛』を語る:6年間のキャリアと未来が収められたベスト盤をリリース
ライブハウス「新宿ロフト」での再会を願って、支援プロジェクト「Forever Shinjuku Loft」!~「新宿ロフト」ブッキング担当×ヒグチアイ クロストーク~
▼店舗用BGM「OTORAKU」にてヒグチアイが作ったオリジナルプレイリストが公開中!
タイトル
空間の音楽 by ヒグチアイ~ピアノ曲集「真夜中カフェで一人」~
https://otoraku.jp/playlist/curator.html?current=20#CATEGORY
明るいとか暗いではなく、そこにある日常に寄り添う音楽。誰かと聴くわけじゃなく、自分に向き合いたいときにお聴きください。
1.ヒグチアイ「悲しい歌がある理由」
2.Nina Simone「Seems I’m Never Tired Lovin’ You」
3.regina spektor「Samson」
4.ラファウ・ブレハッチ「Debussy: 版画 – 第1曲: 塔(バゴダ)」
5.細野晴臣「僕は一寸」
6.笹川美和「泣いたって」
7.フィオナ・アップル「Never Is a Promise」
8.トーリ・エイモス「Winter(2015 Remaster Version)」
9.ヒグチアイ「悪魔の子」
10.A Fine Frenzy「オールモスト・ラヴァー」
11.Hideyuki Hashimoto「yoru」
12.Fritz Kreisler/Franz Rupp「Londonderry Air (arr. Kreisler) (1993 Remastered Version)」
13.Michael Bubl?「Everything」
14.ルイス・キャパルディ「Grace [Acoustic]」
15.MIKA「Tiny Love」
16.Nina Simone「I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free」
17.ヒグチアイ「ラジオ体操」
▼関連インタビュー(encore)
ヒグチアイ「悪魔の子」インタビュー――自分を豊かにすること
https://e.usen.com/feature/feature-unext/higuchiai-akmnk.html
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ヒグチアイ
平成元年生まれ。シンガーソングライター。
生まれは香川、育ちは長野。2歳のころからクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。
18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始。
2016年、1st ALBUM『百六十度』でメジャーデビュー。
これまでに培った演奏力と、本質的な音楽性の高さが業界内外から高い評価を受け、「FUJI ROCK FESTIVAL」「RISING SUN ROCK FESTIVAL」など大型フェスへの出演も果たす。
まっすぐに伸びるアルトヴォイスと、言葉を持つような鍵盤の旋律が、圧倒的な説得力を持って迫る。叱咤激励にも似たその歌声は、老若男女問わずじわじわと中毒者を増やし続ける。