(公財)日本伝統文化振興財団・市橋理事長

 

日本の伝統音楽や伝統芸能にまつわる音源を取り扱う、(公財)日本伝統文化振興財団。

これまでに、さまざまな伝統音楽、伝統芸能の記録、保存、公開を行ってきた同財団では、時代の変化とともにデジタル対応への重要性を感じ、レコチョクのワンストップECソリューション・murket(読み:ミューケット)等を活用して、時代に合わせた日本の伝統音楽や伝統芸能の届け方を模索し、発信し続けている。

 

そこで今回、同財団の市橋理事長にインタビューを行い、本取り組みを行うきっかけや現代における伝統音楽の聴かれ方、伝統文化への想いや今後の目標などについて話を聞いた。

 

 

──まずは「日本伝統文化振興財団」の成り立ちについてお聞かせください。

 

1993年にビクターエンタテインメントが基金元となって設立された財団法人で、純邦楽という音楽ジャンル、いわゆる日本の伝統音楽や伝統芸能にまつわる音源を専門に扱っています。30年近く前というと、レコードからCDに変わっていった時代で、ビジネスのあり方も変わりつつある中で、会社の収益やシェアを上げることがレコード会社にとって重要なテーマになっていました。

そんな中で、伝統芸能、伝統音楽のジャンルは、短期的にヒットすることがないので、ビジネスを大きくしてシェアを上げていくという音楽ビジネスの中では力を注ぐことが難しくなってくるわけです。そこで本体から切り離し、専門的にそして長期的な視野に立って日本の伝統音楽、伝統芸能のCDを出していくために、この財団が作られました。活動としては、伝統音楽、伝統芸能の記録、保存、公開。記録はレコーディング、保存はアーカイブ、公開はCD等でリリースすること。これが財団の大きな目的です。

 

──社会情勢やビジネスのあり方など、様々な変化がある中でどういう活動をされてきたのでしょうか。

 

設立当初、財団がやっていたことは古い音源をCDで出し直すということだったんですね。それまでレコードで出ていたもののうちこのジャンルのものは、放っておくとCD化されないわけです。それを一生懸命復刻したことが一つ。

それから新録ですね。いろんなジャンルがありますけれど、当時特に活発だったのは民謡や小唄。こういったジャンルは習っている人口も多かったので、盛んに録音してきました。

そういうことを長らくやってきたのですが、やはり社会情勢が大きく変化したことや、少子高齢化によって、純邦楽界に限らず音楽ビジネスそのものが変化しました。CDを買う人の数が減ってくると、やはりリリースする新譜の数も減ってしまいます。そこで、この財団もCDを出すことがメインではありますが、その領域を広げようとコンサートやイベントを開催したり、将来性のある演奏家に賞を贈呈して、賞金を出したりCDを作ったりする顕彰事業も行なってきました。

 

──若い方が伝統芸能に触れるきっかけの多くは習い事だったりすると思いますが、そういった賞や、イベントなどの発表の場があると志も変化しますね。

 

そういった全体的な底上げが必要だと思います。少子化の時代ではありますが、民謡を幼い頃から習って、大会に出てくる子供たちというのは今でもけっこういるんですよ。だけど、なかなかそういうことがメディアで取り上げられない。身近にやっている人がいれば自分事になるのですが、そうでない人にとっては全く知らない世界という、両極端な状況なんですね。そういった芸能を携えてきた人たちが高齢化して、途絶えゆく芸能もあります。

よほど興味をもって近づいていかない限りは、知られることがない。街にレコード屋さんがたくさんあった時代には、“民謡”という棚があって、そこに行けば手にすることもできたわけです。ところが今はショップ自体が減っています。

 

──そういった状況にどう対応していくのか、ということが今後の課題となっているわけですね。

 

はい。我々が一番危惧したことは、CDが流通しているうちはまだ形として残りますが、今の若い人たちの中にはCDを見たことがないという方もいると聞きました。そうなると、CDにもなっていない、配信にもなっていない音楽というのは、この世の中に存在しないことと同じになってしまうんです。これは非常に由々しき事態だと思っています。

ビクターは1927年(昭和2年)の創業で、今年が95周年です。戦前からずっと録音という仕事を続けてきていて、たとえば戦前戦後に出していたSPレコードの音源だけでも、2万5000曲ぐらいあるんです。この音源は何もしないでおくと、存在しないものになってしまうわけなんです。

こうしたことから、2007年に業界団体の方々と共同で「歴史的音盤アーカイブ推進協議会」を設立して、戦前戦後のSP音源を国会図書館に納品して聴取できるサービス「歴史的音源(れきおん)」を開始しています。純邦楽においても、“あるのにない”というこの状況から脱しないと、触れてもらう機会が減って、どんどん衰退していってしまう。ですから、まずは聴ける状態にするために配信に切り替えていく必要があったのです。

 

──現在、レコチョクのDSPへのデリバリー機能を活用して海外を含め、純邦楽の配信を始められました。また、オンラインストアを開設し販売できるワンストップECソリューション・murket(https://recochoku.jp/corporate/murket/)を活用して「じゃぽオンラインストア」(https://japo.murket.jp/)をオープンされましたね。数あるプラットフォームの中で、レコチョクを選ばれた理由を教えてください。

 

配信は大きくいうと、ストリーミング配信とダウンロード配信という、2つのサービスモデルがありますよね。ストリーミングは全世界のユーザーに対して、いつでもどこでも聴ける状況を作るという意味で非常に有効なサービスなんですが、ストリーミング配信は基本的に、音以外の情報がアーティスト名と曲名だけなんですよ。音を届けるという意味では非常にいいのですが、たとえばアルバム一枚をとってみて、このアルバムはどういうアルバムなのか、この演奏者はどういう人なのか、この曲の歌詞はどうなっているのか、解説も読みたい、ということになるとストリーミング配信はそれに適さない。

一方で、ダウンロード型の配信、特にmurketでは、購入する時の商品紹介画面に商品説明のテキストが入れられますし、演奏者の紹介も詳しく入れることができる。さらに、将来的には、解説書をデジタルブックレット的に音源に添付して販売することも検討しています。つまり、その音楽をもっと知りたいという人に必要な情報が、ダウンロード型では提供できるというメリットがあるのです。というわけで、ストリーミングとダウンロード型、その両方を同時に対応するには、レコチョクさんのソリューションの組み合わせが最適だったんです。

 

──なるほど。より理想的な形でアプローチできるということですね。

 

そうですね。レコチョクさんは、Apple Music、Amazon Music、Spotify、YouTube、その他のヨーロッパやアジアのローカルDSPにまとめて納品するアグリゲーターとしての機能をお持ちなので、我々のようなインディーズレーベルのような立場からすると、非常にありがたい。一社一社と直接やり取りをするとなると、時間と手間が膨大にかかってしまいます。

また、murketではCDパッケージも併せて販売することができるようにできないか、調整中です。純邦楽では楽譜も重要なコンテンツですが、同じ売り場で販売することができるようになればいいな、と思っています。

 

──実際に配信をスタートされて、何か反応はありましたか?

 

ストリーミングサービスを始めたのが今年の4月、murketは8月から始めたばかりで、現在投入している音源は、アルバム数でいうと9月の時点でおよそ100アイテム程度です。演奏家の方たちからは、非常に喜んでいただいています。スマホでも簡単に聴けるということで、より多くのリスナーを獲得できる状況になっているわけですから。ただ、始めたばかりなので、認知という意味ではまだまだです。聴いてくれた人のレコメンドに同じジャンルのものが並んで、それをきっかけに“これも聴いてみよう”という感じで広がっていく、そういう波及効果みたいなものを期待しているところです。

 

──反響が大きいアイテムには、どんなものがありますか?

 

「クロスオーバー」というジャンルになりますが、『瞑響・壁画洞窟-旧石器時代のクロマニョン・サウンズ』というアルバムがよく聴かれています。これは古代音楽や民族音楽など様々なジャンルに取り組んでいる音楽家の土取利行さんが、フランスの洞窟に入って、鍾乳石や石筍を指や柔らかい木で叩いた音などを収録した作品です。

 

──原始的で興味深いサウンドですね。

 

環境音楽的な感じで日本国内だけではなく、海外でも聴かれているようです。それから、お箏の先生方の演奏もよく聴かれていますね。先生の演奏を電車の中でも聴ける、ということもあって、お弟子さんたちが何度も繰り返し聴いてくださっているんじゃないかなと思います。

 

──教材としても利用できるということですね。

 

そうですね。教えている方たちの音源は、そういう聴き方もされているようですね。あるお箏の学校では、海外から早く配信で聴けるようにしてほしいという要望があって優先的に音源化して配信しています。そんなふうに、まだコアな方たちが見つけて聴いてくださっているという段階ですけれども、次の段階は普段まったくこういう音楽を聴いたことがない人が、ひょんなことから聴いてくださったらいいなと思うんです。ストリーミングのいいところは、K-POPと横並びで古代楽器が聴けちゃうっていうところだと思うんですよね。

あと、こういう伝統音楽って、アジア、アフリカ、ヨーロッパの各国にありますから、ストリーミングでたどり着いて、どこかの国の伝統音楽に興味を持っていただいたら、他の国の伝統音楽ももっと聴いてみたい、というふうにきっとなると思うんです。日本でも世界の国々でもお互いに違う文化の音楽を聴き合うというようになれば面白いですね。そういう風にして興味を持ってくれた人がSNSで拡散してくれたら、火がつくんじゃないかと。そういう可能性を夢見たりしています(笑)。

 

──たとえば和楽器バンドのように、和楽器と洋楽器を融合させたハイブリッドバンドも注目を集めていますよね。

 

弊財団のラインナップにも、ジャズピアニストと地歌の演奏家とのコラボ作品や、「創作邦楽・現代邦楽」のジャンルには長唄をベースにした舞踊曲として、シンセを入れたりドラムを入れたりした作品があります。そういうハイブリッドな作品を入口に入っていただいて、これのトラッドなものってどういうものなんだろうって、ルーツをたどって深く聴いていただけたら嬉しいです。「じゃぽオンラインストア」は幅広いジャンルが同じ店頭に並んでいるというのが特徴の一つです。いろいろな入り口から入ってもらって、どんどん音楽世界を広げていっていただけたらと思います。

 

──伝統芸能であっても、伝統を守りつつも進化は必要だということですね。

 

そうです。みなさん思い思いの楽しみ方をされているので、そういう人たちに向けてもいろいろな音源を発信していきたいということですね。海外に向けて配信するにあたっては、英語のメタデータ、いわゆる日本語のタイトルやアーティスト名というのを、わかりやすくローマ字化することにこだわっています。そもそも読み方が難しい曲や人名が多いので専門的な知識も必要ですね。日本語をローマ字にするやり方として、基本的には世の中でよく使われているヘボン式を使っているんですが、「分かち書き」という方法で単語を区切ったり、助詞を音優先で表記したりして、日本語曲のローマ字化の世界標準に成り得るものを目指しています。

これは安易に英訳に頼るのではなく原曲が辿れるようにするためにも重要なことだと考えています。我々に音源を預けていただければもっとも適正な表記で世界中に配信できますよ、ということもアピールポイントです。

 

──進化する時代の中、伝統を継承していくうえで大事なことや必要なこととは、どんなことだと思われますか?

 

伝統を守るということは、本質を変えないということ。逆に言えば、本質さえ守っていれば、新しい要素をどんどん入れていっていいし、入れていかないと未来に繋がらないと思っています。日本の伝統だったら、日本人が日本で生活する中で築き上げてきたものの本質さえ変えなければ、わりと自由に、いろいろなことにトライしていいのかなと思いますね。

でも一貫しているのは日本人が作ってきた音であり、音感や音階、音の組み合わせ。西洋にないリズム感覚というのは、純邦楽では特に顕著で、“緩急自在”なんですよ。そういう本質的な部分を意識しながら、どんどん新しい日本音楽は生み出せると思うんです。本来、伝統とはどこかで止まってしまうものではなく、常に新しく進化していくものだと思っています。

 

──今後の目標を聞かせてください。

 

やはり楽譜やCDパッケージといった物販的なことも視野に入れつつ、配信について今合言葉にしているのは“5年間で5万曲”です。この中には日本の伝統音楽だけでなく、戦前の音源、これは一部流行歌も含むのですが、それらを含めて5万曲というのを一つの目標としています。

 

──最後にこの記事を読んでくださっているみなさんに、メッセージをお願い致します。

 

今の時代は、日本にいながらにして世界中の音楽が聴けてしまう時代なので、自分が好きな音楽を聴くのはもちろんなんですけど、何かちょっとその横にあるようなものとか、今まで聴いたことのないものを聴いてみることで、音楽世界はぐっと広がると思います。世界中には様々な音楽がありますから、そうやって音楽の幅を広げていって楽しんでもらえたらいいと思いますし、ある意味音楽的には贅沢な時代ですので、そのメリットを最大限に活かして楽しんでいただけたらいいなと思います。

 

文:大窪由香

写真:レコログ編集部


▼公益財団法人日本伝統文化振興財団・市橋理事長プロフィール
1962年三重県生まれ。1984年東京外国語大学卒業後、日本ビクター(現株式会社JVCケンウッド)入社。ビデオソフト事業部にて映像・音楽作品の企画制作に携わる。2005年株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメントに転籍し、企画制作部長、制作管理部長を歴任。2021年より公益財団法人日本伝統文化振興財団理事長を務める。

 

▼じゃぽオンラインストア
じゃぽオンラインストアは日本の伝統音楽・伝統芸能を発信する音と映像の専門店です。―伝統を未来にー
https://japo.murket.jp/

 

▼公益財団法人日本伝統文化振興財団
ビクターエンタテインメント株式会社(現株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)を基金元として1993年に設立。
設立当初からの伝統文化・芸能の調査・記録・保存・公開事業に加え、SPレコード音源アーカイブ設立と教育・芸術ジャンルへのレコード会社の枠組みを超えた取組みを機に、2005年に名称を「ビクター伝統文化振興財団」から「日本伝統文化振興財団」へと変更。2011年に内閣府による公益法人認定を受け今日に至る。
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