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お笑いコンビ「ラニーノーズ」として活動する洲崎貴郁と山田健人。『歌ネタ王決定戦2019』で優勝、第7代「歌ネタ王」に輝いた彼らはフクシマテツヤ、児玉とみー優也とともにメロコアバンド「Runny Noize」として、激しい演奏スタイルと攻撃的な歌詞で大阪を拠点に活動中!約2年ぶりとなる3rd Mini album『Thank God It’s Runny’s Day』リリースを記念して、洲崎を直撃、バンド結成から芸人との両立、最新作についてなど話を聞いた。

 

 

 

お笑いで僕らを知ってくれた人達がバンドの方にも興味を持ってくれてライブに来てくれたり、CDを買ってくれたりしています

 

 

 

――Runny Noize結成のきっかけやこれまでの活動を教えてください。

 

Runny Noizeは造語で、もともとRunny Nose(鼻水)からきているんです。僕(洲崎貴郁、Vo/Gt)と山田(Vo/Gt)と山田が大学で出会った時にお互い鼻水ズルズルやったんでそこから名前をつけました(笑)。2人とも別々のバンドを組んでいたんですが、それぞれのバンドが活動出来なくなったタイミングでRunny Noizeを結成しました。当時は違うドラムとベースだったんですが、児玉(Dr.)と山田が中学以来の友人、児玉とテツヤ(Ba.)が専門学校の友人という仲からサポートメンバーとして加入してくれて、練習の際にダメ元で山田が「メンバーに入ってや」と頼んだらテツヤが「ええで」と。ほな はよ言うてくれや、という事で正式加入で今に至ります。

 

――カナダでもバンド活動をされていたとか。英語詞が多いのも、その影響でしょうか?

 

英詞が多いのは洋楽ポップパンク、ロックが好きでよく聴いていた影響が大きいです。2010年頃に当時のドラムとベースのメンバーと話している時に山田の「海外で活動したい」という話から勢いだけで話を進めてワーキングホリデービザを全員で取得してカナダに移住しました。

でも、カナダ到着二週間でドラムとベースがホームシックで帰国してしまい(笑)、残った僕と山田でなんとか現地のサポートメンバーを見つけライブをして、一年後に帰国しました。

 

 

 

Runny Noize(ラニーノイズ)「e」MV(Full Ver.)※監督 : 品川ヒロシ

 

 

 

――スゴイ活動歴ですね(笑)。帰国後、今度は2012年に「ラニーノーズ」として芸人活動も始められましたが、このきっかけは?

 

僕は知らなかったんですが、もともと山田は子供の頃からの夢が芸人だったんです。カナダに一年住んで帰国して、心境も変わり、「好きな事はやろう!」という思考で僕をお笑いの世界に誘おうと一年も悩みに悩んでいたんです。で、意を決して相談してきて、ほな はよ言うてくれや(笑)、という事でオッケーを出して、二人で吉本のお笑い養成所「NSC」に入りました。

 

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――2019年には『歌ネタ王決定戦2019』チャンピオンに輝きましたが、このときのエピソードなどあれば教えてください。

 

2016年にはかまいたちさんに負けて準優勝という悔しい結果だったので、優勝できた時は本当に嬉しかったです!その日の生放送終了後携帯を見たら、いつもお世話になっているザ・ぼんちのおさむ師匠から着信履歴が入ってたんです。でも、優勝の結果が出た瞬間の生放送中にかけてきてまして、出れるわけがなかったです(笑)。

 

――バンド「Runny Noize」と芸人「ラニーノーズ」の両立、どのように活動をわけていらっしゃるんですか?

 

意識的にわけているというよりは必然的にわけれています。たまに吉本主催の音楽イベントなどもやらせて頂いてるので、お笑いと音楽の融合でまとめて楽しんでもらえたりもしています。お笑いで僕らを知ってくれた人達がバンドの方にも興味を持ってくれてライブに来てくれたり、CDを買ってくれたりしています。僕らの影響でギターを始めた、音楽の仕事についた、なんて声も頂いているので、それはすごく嬉しいですね。逆にまだライブハウスに行った事がない人達がライブハウスは怖いというイメージがあるみたいで、せっかくバンドを知ってくれたのにライブに来れない人達がまだまだたくさんいるのが少し寂しいです。いつも「怖くないよー!」って訴えてます!

 

 

 

 

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