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「幸せであるように」でメジャーデビューしてから30年。8月に超ファンキーな新作『そしてボクら、ファンキーになった』をリリースするFLYING KIDS。そんなアニバーサリーな作品を記念して、現在、WIZYにてメンバー自身によるREMIX CDや30周年記念Tシャツ、ミュージックビデオのDVDをセットにして期間限定予約受付中(https://wizy.jp/project/492/)。本作への想い、ファンへ向けたメッセージまで、浜崎貴司(Vo.)、伏島和雄(Bass)に話を聞いた。

 

 

 

 

今までのFLYING KIDSの一番美味しいところである“ファンク”って部分と、“ファンクだけど今までにない部分”と、二つのポイントが表現出来たんじゃないかと思っていて

 

 

 

――FLYING KIDSの皆さんは8月5日(水)に最新アルバム『そしてボクら、ファンキーになった』をリリースされるということですが、現在、コロナ禍でライブやレコーディングなど活動が難しい状況だと思いますが?

 

浜崎貴司(Vo.:メンバーとはLINEでグループ会議をやったんですが、9人いるので全員参加ならずという感じでした。コーラスのElliは犬の散歩中に公園で繋いできたので、カラスの鳴き声が邪魔をするということもあったり(笑)。アルバムは、詰めの作業が残ってるので、フセマン(伏島)とはちょこちょこ連絡を取って作業を進めています。アルバムはレコーディングは終わって、トラックダウンを残すのみだったんですけど、曲順が決まった段階で新たなアイデアが出て、追加のレコーディングがあったり。ドラムの中園(浩之)やギターの加藤(英彦)がデザイン作業を進めてくれていたり。(活動自粛になり)時間がある中で創作活動出来ているので、逆の良いものが出来るんじゃないかという気もしています。

 

――ライブが中止になったり、やきもきすることも多かったと思うのですが?

 

浜崎:僕は結構な数のライブが中止になりまして。これから発表しようと思ったライブも差し止めている状況なので、非常に困ってはいます。アルバムを作っている時は創作に燃えていて、あまり気にならなかったんですけど、完成に近づくにつれて、心のダメージをくらいそうだなというのがありますね。

 

――せっかくアルバムが完成しても、リリースツアーの予定も立てられない状況ですね。

 

伏島和雄(Bass):そこなんですよね。その計画が立たないんで、どうしようかってところです。

 

浜崎:今回、ライブ映えしそうなファンキーな曲が揃って、FLYING KIDSがライブバンドとして、さらにパワーアップ出来ると思ってたので、ツアーが見えないのはちょっと残念です。

 

伏島_浜崎

 

――完成前ということですが最新アルバム『そしてボクら、ファンキーになった』はどんな作品になりそうですか?

 

浜崎:今までのFLYING KIDSの一番美味しいところである“ファンク”って部分と、“ファンクだけど今までにない部分”と、二つのポイントが表現出来たんじゃないかと思っていて。定番のFLYING KIDS感はあるけど、すごく新しい印象の作品になりました。

 

伏島:僕はかなり振り切れたかな?という気がしていて。これまでファンクとかソウルとか日本のロックとか、いろんなものに影響受けながら、FLYING KIDSのオリジナルを追求してきましたが、今回、フルメンバーでイチから作ろうという挑戦的な作品でもあったので、メンバーの色も出たし振り幅も大きいし、いろんなチャレンジが出来たと思います。

 

 

 

 

FLYING KIDS「オードレイ!」

 

 

 

 

――聴かせていただいて、現在の9人だからこそ出来た作品だなと思って。そこが振り幅になり、奥行きや深みになっていて。デビュー30周年にして、最新型のFLYING KIDSが見える作品になってるのが凄いなと思いました。

 

浜崎:まさに最新型だし、最強と言える作品になった手応えはありますね。現体制になって2枚目なんですが、前回よりも上手く転がっているし、メンバーの力が今まで以上に発揮出来た上で、FLYING KIDSという非常に強い塊が作れてると思います。

 

伏島:そうだね。今回、メジャーデビューからちょうど30周年なんですけど……。

 

――2018年に30周年と言ってらっしゃいましたが、あの時は結成30周年だったということなんですね。

 

伏島:そうそう(笑)。2020年は1990年4月のメジャーデビューから、30年になるんです。30年やってると、進化し続けていくってなかなか出来ないことだと思うんですけど、今作はある種奇跡的というか、レコーディングマジックが起きた気がして。最初の曲を作りだしてから2年くらい経つんですけど、演りながら曲が熟成していったり、化学変化が起きたりしていって。それを繰り返しながら出来ていったので、初期衝動のような新鮮な気持ちに立ち返れたというか。そんな感覚もあったので、作ってて面白かったです。

 

 

 

 

FLYING KIDS「幸せであるように」

 

 

 

 

――素敵ですね。30年前、FLYING KIDSが現在のような形で存在して、また初期衝動のような気持ちに立ち返って音楽を演っているという未来は想像していましたか?

 

浜崎:ただ、今年、正月くらいにメンバーで集まった時、偶然オリジナルメンバー5人で、「これって昔と一緒だよね」みたいな感じがあって。逆に変わらない部分を噛み締めた気がしたり。今回のアルバム制作の話でも、これまでジャケットのデザインはいろんな方に頼んでたんですけど、「めんどくさいから、メンバーで作っちゃうか」って話になって、中園さんに頼んだらすごく良くて。デザイナーさんとかに頼むと、当然、FLYING KIDSのことをよくわかっていないところもあるけど、メンバーだったらもちろんFLYING KIDSのことをすごく良く分かってるんです(笑)。当たり前だけどアルバムの最新情報も全部知ってるから(笑)、デザインもすごく充実してて。よく考えたらみんな美大卒だったってことに気付いて、「美大卒のポテンシャルってこんなに高かったんだ!」って30年経って初めて気付いたり(笑)。いままで使っていなかった力も改めて使うことで、新しいFLYING KIDSが生まれた気がしたし、そこに新しいメンバーの力が加わったこともすごい良い化学変化を生んでいるんです。

 

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――Elliさんのボーカルが入るだけで、楽曲の可能性も大きく広がりますよね?

 

浜崎:華もあるし、ツインボーカル体制になれば音楽的な挑戦も出来るしね。

 

 

 

 

FLYING KIDS「ワレメユニバース」

 

 

 

 

――それでもFLYING KIDSの楽曲になっているというのも面白いし、強みですし。

 

浜崎:そこは僕とか、オリジナルメンバーが持ってる怨念というか(笑)。「ここだけは譲らない!」みたいなところがあるんです。新しいメンバーからすれば「こんな新しいことがしたい」って気持ちもあるんですけど、譲れないところは絶対に譲らない(笑)。そこがFLYING KIDSらしさにも繋がってるんだと思います。

 

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――あはは。とはいえデビュー30年といったら、いわば大御所バンド的な感じだと思うんですが。FLYING KIDSは常に軽快でフットワーク軽く、新しいことに果敢にチャレンジされているのがすごく魅力的ですね。

 

浜崎:どこかアマチュアっぽいんですよね。「金にならなくてもカッコいいことやろう」みたいなアマチュアっぽさはあります。売らないとバンドとしての経営が成り立たないんで、「売れるシングルを作ろうよ!」って言うとシーンとするんです(笑)。みんな、とっても純粋なんです、音楽やバンドに対して。

 

伏島:30年もやると、バンドをいろんな角度から見ざるを得ないんですけど。FLYING KIDSにいる時は、ベースを弾くことが楽しかったり、音楽を作ることが楽しかったりする自分でいたいなと思うんで、そこがアマチュアなんでしょうね(笑)、プロフェッショナルに徹しきれないというか。でもね、結成時から根拠のない自信もあったんです。「ボクらの好きな音楽を世に出せば、絶対に認められるはずだ!」って。学生時代、小さなアパートにみんなで集まってデモテープを作ってね、それが30年以上経った今も続いてるんだけど(笑)。その変わらなさがアマチュアっぽさであり、FLYING KIDSの良さであり、「新しいことをやってやろう」っていう気概にも繋がってると思うんです。

 

 

 

 

FLYING KIDS 2014.12.5 渋谷La.mama

 

 

 

 

――浜崎さんが以前インタビューで「ファンクに日本語を乗せるという新しい形に自信があって、『イカ天』に出演して認められたことが嬉しかった」と語っていたのを読みましたが、当時は「誰もやっていない新しいことがやりたい」という気持ちがあったのでしょうか?

 

浜崎:何か新しいものがないと自分たちは存在出来ないだろうと思ってたし。今もそうだと思ってるんですけど、デビューするということは何か発明することだと思ってたんです。その発明がないと始められなかったと思うし、その感じはいまでも続いてる気がします。あとはパンク、ニューウェーブみたいな気概だとか、「何かを変えてやろう」とか「下手くそでも何か表現するんだ」とか、それぞれにそういう気持ちがあって、何かを始めてたんだと思います。

 

――そこでFLYING KIDSは“ファンク”という武器を持って、何か変えてやろうと思った。

 

浜崎:FLYING KIDSがアマチュアのコンテストに出た時、審査員に「黒人音楽をやるなら、そのボーカルじゃないし、そのリズムじゃない」って言われたんだけど、それは僕らにとって重要なことじゃなくて。「イカ天」に出た時はそこを理解してくれて「君たちは新しい」とハンコを押してくれたのが大きかったんです。

 

――1990年頃ってFLYING KIDSを含めた日本のミュージシャンが音楽の多様性を生み出した、すごく刺激的な時代でしたね。

 

浜崎そうですね。あの頃って精神的にはファンクでなく、パンクだったと思ってて。対大人だとか対社会だとか、そういう気持ちにすごい溢れてて。「今までにないものを作って、自分たちの新しい時代を作るんだ」っていう気持ちが強かったと思います。

 

――それから30年、『そしてボクら、ファンキーになった』と明言出来るほど、揺るぎないFLYING KIDSの音楽を作り上げました。

 

浜崎:でもやっぱりいろんな時期があって、それでもこうして続けてこれて。再結成から13年が経って、デビューして一度活動を休止するまでより長くなって。新しいFLYING KIDSの完成期みたいなところに入ってきてるのかなって気がします。

 

――「幸せであるように」とか「我想うゆえに我あり」とか、デビュー時から歌い続けている曲は、いま、どんな気持ちで歌われてるんですか?

 

浜崎:あまり深く考えてないけど、その日の自分の気持ちでいまを捕まえていくって感じかな? どうしても歌いたくない時があったら歌わないと思うんだけど、30年以上演り続けようとする気持ちがあるっていうのが凄いですよね。普通だったら「もういいんじゃないの?」って話にもなると思うんだけど、メンバーの方からも「ここは『幸せであるように」じゃないの?」ってなるのが凄いなと思って。

 

伏島:それこそ30年も演り続けるとは思ってなかったですけど、飽きないんですよね。たぶん、僕らが世界一カッコ良く出来ると思うし、僕らがやる「幸せであるように」がいまでもやっぱり最高なんだと思うんです。

 

 

 

 

FLYING KIDS「我想うゆえに我あり」

 

 

 

 

 

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