


グローバルと日本の音楽業界をつなぐMusic Ally Japanのメンバーが考える、音楽業界の未来とは
Music Ally Japan エディトリアル・ディレクター
ジェイ・コウガミ
Music Ally Japan ゼネラル・マネージャー
松田 実月
音楽業界で輝く方にスポットライトを当て、
彼らの仕事や想いを通して音楽業界の今と未来を伝える企画、3rd Lounge。
第16回は、日本の音楽業界のビジネス支援に特化するために設立されたMusic Ally Japanのジェイ・コウガミ氏と松田 実月氏が登場。
Music Ally Japanにジョインすることになった経緯や、現在の音楽業界で大事にするべき考え方や課題感、そして未来に向けたトピックスなど、さまざまなことを語ってもらった。
Chapter.1
ジョインしたきっかけ
──お二人が音楽業界で働こうと思ったきっかけを教えてください。
松田:私は小さい時から音楽が好きで、4歳からピアノ、8歳からバイオリン、その後フルートや声楽とクラシックを中心とした楽器の演奏を学んできて、大学でも音楽学を専攻しました。その過程で自分は演奏することよりも、人をより幸せにするために社会における音楽のあり方を変容させることで社会に貢献していきたいと考えて、音楽業界で働きたいと思い、大学卒業後はレコード会社でA&Rの仕事をしていました。一度音楽業界を離れて、欧州国の大使館で広報の仕事をしたり、コンサルファームでコンサルタントの仕事をしたりしていましたが、音楽の仕事に戻ってきました。
ジェイ:長年洋楽好きではありますが、同時に、以前からインターネットやテクノロジーの領域に興味がありました。そのため、音楽産業がデジタル化していく中で、音楽ビジネスがどう変わるか、どこに向かっていくのかに興味を持ち始めました。それで当時から、その領域で先行していた海外の音楽ビジネスやテクノロジーを活用した音楽プロモーションについてブログを書いていたことをきっかけに、音楽ライターの仕事を始めました。特に海外の音楽業界のデジタルビジネスやテクノロジー関連の記事を書いたり、海外の業界関係者のインタビューを担当させていただいたりしたことなどがきっかけで、音楽業界で働く機会をいただきました。

──その流れから、Music Allyに携われるようになったのですか?
ジェイ: Music Ally Japanにジョインしたのは2019年です。長年Music Ally UKの英語記事を読んでいました。2019年に共同創業者のポール・ブリンドリーが来日した時に、ライターとしてインタビューをする機会をいただきまして、お互いに連絡を取るようになりました。それで僕から『日本でMusic Allyをやるなら、こういうことをやった方がいいよ』と提案のメールを彼に一方的に送って(笑)。そしたら『そう言うんだったら手伝ってよ』と言われまして、そこから一貫してMusic Allyに携わっています。
──具体的にはどんな提案をされたのですか?
ジェイ:海外と日本の音楽業界では現状認識に差があることや、考え方に違いがあると、彼にそのまま伝えたんです。たとえば、Spotifyが始まったのは、日本では2016年ですが、イギリスでは2009年と大きく離れています。Spotifyや音楽ストリーミングなどに対する理解度は、海外と日本の音楽業界ではかなり違うという話をしました。日本の音楽業界人に価値を感じてもらえる情報は、日本の業界が課題を抱えている事柄に対する最新の情報だと思います。そういうローカルな課題を理解しつつ、海外から有益な情報提供するのがMusic Allyの存在価値に繋がるのでは、といった話をしました。
──松田さんはいつからMusic Ally Japanに携わられていらっしゃいますか?
松田:私はご縁あり、2023年の7月からです。2019年に日本でサービスが始まってから、ジェイさんが発信されるニュースをイチ読者としていつも読んでいました。Music Ally Japanはみなさんのご支援のもと、創成期からいる日本の音楽業界を熟知したメンバーとともにサービス提供をしており、UK本社とも日々キャッチアップを行いながら緊密な連携のもとで進めています。

松田:私はご縁あり、2023年の7月からです。2019年に日本でサービスが始まってから、ジェイさんが発信されるニュースをイチ読者としていつも読んでいました。Music Ally Japanはみなさんのご支援のもと、創成期からいる日本の音楽業界を熟知したメンバーとともにサービス提供をしており、UK本社とも日々キャッチアップを行いながら緊密な連携のもとで進めています。
──2019年に立ち上げた後、2020年に世界はコロナ禍に入ってしまいましたが、その中でMusic Ally Japanはどんな取り組みを行ってきましたか?また、課題と感じていることがありましたら教えてください。
ジェイ:個々の活動も大事に作っていく一方で、Music Ally Japanが提供する一貫した価値に賛同してくださる音楽業界の方を繋ぎコミュニティを作る活動は、サービス当初から変わらず今後も続けていきます。音楽業界を繋ぐ活動の一つとして、2021年から毎年、音楽ビジネスとデジタルマーケティング専門のカンファレンス「デジタル・サミット」を開催してきました。2022年まではオンラインで、2023年からは有観客で開催して、毎回、多くの企業や関係者に参加頂いています。
松田:我々が毎週発信しているニュースレターは現在2,500名を超える方々に購読いただいていて、開封率は60%を超えており、信頼を寄せてもらえるメディアに成長していることを嬉しく思っていますし、これは組織のファーストステージとしても大事なことだと思っています。我々から発信される情報を拠り所にしてくださっているそれだけの方々がいることはとてもありがたいことだなと思う一方で、我々の価値を理解していただける方々の層の拡大は常にアジェンダとしてあります。世界の音楽業界ではいま何が起こっていて、この先はどうなっていくのか、そこで日本の音楽業界人として、組織としてどんなスキルセットやマインドセットが必要とされるのか、この部分に意識が向いている人とそうでない人のギャップが大きいと感じています。
──昨年もサミットやウェビナーを開催されていましたね。
松田:そうですね。昨年末のビジネスサミットでも参加してくださった方から『実践に役立ちますね』といったフィードバックをたくさんいただけました。5月末にはデジタルサミットを開催しますが、セッションで取り上げるすべての内容が、皆さんの業務における実践的な価値に最速かつ最大限に変換されるように新たなフォーマットも取り入れながらお届けしたいと思っています。お金をかけて、時間を割いて来た甲斐があったと心から思ってもらいたいですからね。
Chapter.2
音楽業界の現在地と課題
──コロナ禍で音楽業界のデジタル化が一気に加速したところもありますが、そういった状況をお二人はどんなふうに感じていらっしゃいましたか?
ジェイ:デジタル化する環境はコロナ前から存在していました。常に情報のアンテナを高く張り、社会や音楽ファンに最適なビジネスに挑戦してきた人たちで、メジャーやインディペンデント問わず、デジタルシフトに進めたアーティストチームや会社は多いです。ですが、日本の音楽業界の中では今も、デジタル化やDXに進めていない会社や、移行段階で躓いている会社が多く、デジタル化を理解している会社との間に格差が生じていることが課題の一つかと思います。
──レコチョクでも音楽業界のデジタル化支援として、AIを含め、テクノロジーを活用したDX業務支援事業の展開や、web3のテクノロジーであるNFTをプロモーションの中に取り込む施策を展開しています。
松田:そうですよね。web3のテクノロジーは、ファンエンゲージメントをいかに向上させて新たな可能性を拡げていくかの戦略を作る上で、その活用は欠かせませんからね。ファンエンゲージメントでは、“スーパーファン”を最終形として、カジュアルリスナーや一般のファンをスーパーファンに変換すべく試行錯誤マーケティングをされている方は今日とても多いと思いますが、まず、それには、それぞれのアーティストのケースに応じて、一般ファン、スーパーファンとは、を “定義する”という作業が必要になってきますよね。一方で、音楽業界は概して定義に重きを置かない傾向もあったりします。レコチョクさんは、“次にくるトレンドはこれだから、こういう取り組みが必要”といったように取るべきアクションを先読みされる会社だと私は思っていますので、ぜひ、そういった定義とともに、業界に対して未来を見せ続けてほしいですし、それを楽しみにしています。
ジェイ:今後、用途が広がると思われるのは、カタログ楽曲を収益化するテクノロジー、日本以外の国のファンやオーディエンスにリーチするテクノロジー、そして現状のストリーミング以外でマネタイズするテクノロジー。この3つはアーティストのファン獲得に強く関係する領域でもありますが、まだ日本の音楽業界では、それほど多く活用されていません。日本の業界が長期的に成長を続けるには、ヒット曲依存や新曲依存では不十分で、海外の音楽活動を開拓したり、収益源を新たに作ったりすることが必要です。これらを加速させるテクノロジーを積極活用できればと思います。

──今のお話も踏まえながら、今の音楽業界の中で、ファンにアーティストやその音楽を届けていく際に、大事にすべき点や、課題だと思うことはどのようなことですか?
ジェイ:国内でも日本以外の国を狙う際でも、“ファン目線に立つ”視点が根幹にあるアーティスト戦略を独自に開発することかと思います。先日、ロンドンで開催したMusic Allyのグローバル音楽カンファレンス「Music Ally Connect 2024」に参加しましたが、その中で議論されていた注目領域が、スーパーファンのビジネス開発です。世界の音楽業界は今、スーパーファン開発やファンダム・ビジネスへ、急速にシフトしています。それに伴い、レコード会社がスーパーファンのみに向けたグッズの企画や、コミュニティ性を楽しむ企画を作り始めています。今後の音楽業界やレコード会社は、アーティストのスーパーファンを開拓し、ファンがエンゲージする方法をビジネス化させ、国内外でファンベースを拡大するための中長期戦略、デジタルマーケティング、テクノロジー活用が求められます。再生数やSNSの数ばかりを追うケースも見受けられますが、スーパーファン獲得やファンダム開発では健全な指標ではありません。
松田:アーティストファンの方々がどうしてそのアーティストのファンになったのか、なぜ今もファンであり続けるのか、理由や背景は人によって違ってくるわけで、それらに基づくファン全員の希望や想いの全容を汲み取ることはほぼ不可能ですけど、ファンエンゲージメントを構築していく側からすると、その辺の情報ってやはり最も重要だなと思います。そういうデータをどのように活用していくかっていう話にも繋がりますが、ファンのことをまず知ることからすべては始まると思いますね。
音楽業界のデータの活用については、進化の余地がかなりあると思っています。時には制作担当者などの勘がアーティストブレイクの成功要因だったと言われる音楽業界では、たとえば、どのぐらいの予算で、どこの部署の誰が、誰を対象にどこでどんなキャンペーンを実施し、その結果はこうでリリースにこのくらいの影響があった、といったデータの蓄積共有、情報の見える化というところで概して特殊なカルチャーがあると思います。
ジェイ:“ファン”の再定義は必要です。ファンがアーティストや音楽と繋がる方法は、アーティストの特性やファンの属性によって多様化しています。そのため、レコード会社で「パッケージを買う人」「特典を買う人」「ライブに行く人」をファンと認識していると、機会損失に繋がります。特に、海外では、どんなに曲がバイラルしても、アーティストのファン獲得には繋がりません。レコード会社の中では、現代のトレンドやプラットフォームに合わせて、”ファン”を独自に解釈する会社も、すでに存在します。そうした会社は、エンゲージメントに関するデータを多く獲得して、ファン行動を常に分析しています。
松田:アラカルトとかパッケージの場合、その曲を聴くためにこの金額を払い、聴ける曲はそれのみという事実が成立するので、アーティストへのコミットの指標に金額を持ってくることができると思うんですが、定額で何でも聴けるストリーミングの場合はその事実が成立しないので、指標は金額ではなく、時間だと思っています。じゃあストリーミングにおけるファンとは何かと考えたときに、たとえばですが「1カ月、同じ曲を、スキップなしで20回再生した」に加えて「そのアーティストの他の曲もスキップなしで聴き始めている」というリスナーはファンの入り口に立っているという仮説を立てられるかもしれません。そうやってデータを活用しながら仮説を立てて、検証した上でマーケティングなりプロモーションの施策を組むことが当たり前になされることが大事だと思います。

じゃあストリーミングにおけるファンとは何かと考えたときに、たとえばですが「1カ月、同じ曲を、スキップなしで20回再生した」に加えて「そのアーティストの他の曲もスキップなしで聴き始めている」というリスナーはファンの入り口に立っているという仮説を立てられるかもしれません。そうやってデータを活用しながら仮説を立てて、検証した上でマーケティングなりプロモーションの施策を組むことが当たり前になされることが大事だと思います。
──Music Ally Japanとして昨今意識されているトレンドやテーマはありますか?
松田:昨今は、アーティストのファンがアーティストの経済圏を作り上げるコミュニティ構築の鍵をテーマにしてきましたね。例えば、ファンとアーティスト、あとは我々音楽業界の人たちを一つのグループやチームとして考えた時に、ファンレベルが上がってきた人たちをどういうふうに巻き込んで進化していけるのかをユースケースと共に考えるセッションなどを展開してきました。
ジェイ:既存の音楽業界の話よりも、一歩先を見据えた音楽ビジネスのトレンドや、未来のアーティスト活動に関するテーマと問題提起を設定しています。加えて、Music Ally Japanのイベントで心がけていることの1つは、成功体験を共有していただけるさまざまな会社さんに登壇してもらうことです。音楽業界の成功の指標は多様化しています。新しい成功体験を他の企業にも知って頂き、戦略開発や業務で参考になる事例を聞く機会を増やすことで、モチベーションに繋がったり、新しいアイデア創出のヒントとなったりするかと思います。
Chapter.3
音楽業界の未来
──では、2024年はどのような音楽トレンドやテーマが予想されますか?
松田:音楽業界におけるAIとの協業でしょうか。AIの台頭を背景にこれから音楽業界も構造や業界の編成というものが変わってくると思いますが、そのような時代、人間の思考性と創造性のレベルが問われることになると私は思っています。ルーティーンワークのAI代替が進む中で人間の役割を考えるならなおさらで、音楽業界においても人間の価値提供についての継続的なアップデートが必要とされると思います。
ジェイ:音楽プラットフォーム企業と音楽業界との関係には注視しています。プラットフォーム大手は昨今、こぞって新しい方針や注力する領域、戦略を打ち出しています。これは決して音楽業界には嬉しい話題ではありません。これらの変化の影響は、2024年以降、世界の音楽業界へ拡大し、日本の業界でも無視できません。その意味で、今後、プラットフォームに頼らなくても、国内外のアーティストのファンや消費者が向かう先へ、いかに早く辿り着けるかが、日本の音楽業界の勝負どころになると思います。

──10年後の日本の音楽産業、音楽シーンはどうなっていると思いますか?
ジェイ:日本の音楽市場は現在、IFPI(国際レコード産業連盟)によれば世界2位ですが、他国の成長速度は速まっていますので、日本より早く成長する国が今後増える可能性はあります。特にストリーミングやそれ以外のデジタルビジネスで成長する国が多いため、世界の音楽サブスクリプション人口は2030年までには12億人まで伸びると予想されます。そう考えると、日本の音楽業界の中から、どんどん世界に展開するビジネスにシフトする企業が増えていくと思っています。ライブやフェスの数は限られますが、プラットフォームやデジタル上で、さまざまな地域や国に進出するチャンスは増えています。デジタルビジネス中心の戦略で、他の国のオーディエンスと関係性を作り維持できる業界はまだまだ伸びると思います。
──ありがとうございます。最後に、これからの音楽業界を盛り立てていく同志に向けて、メッセージをお願いします。
ジェイ:小さい成功体験をたくさん経験できる方は、今後の音楽業界で求められる人材かと思っています。目先の大きな成功よりも、どんなに小規模でも自分やチームで達成した小さな成功を祝い、結果に繋がるスキルを積み重ねていける人が、将来の音楽業界では成長と成功に繋がります。Music Allyでも、さまざまなキャリアの方や、アーティストが持続的に成長できるよう、あらゆる成功体験の実現をご支援できればと思います。
松田:我々Music Ally Japanは、グローバル音楽業界と日本の音楽業界との架け橋としてメディア、カンファレンスの企画制作、コンサルティング、そして昨年からは業界組織と個人の強みの最大化を支援するラーニングサービス“MAJ Pro(有料会員サービス)”もスタートし、音楽業界の”成長支援隊”として独自の位置にいさせてもらっています。言い換えれば、我々は第三者的に音楽業界に関わらせてもらっており、皆さんの”友人”として、一緒に業界の成長・発展を作っていければと思っています。
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ジェイ・コウガミ
Music Ally Japan エディトリアル・ディレクター
音楽ビジネスメディア「All Digital Music」編集長や音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。デジタル音楽ジャーナリストとして、グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事を多数執筆。 -
松田 実月
Music Ally Japan ゼネラル・マネージャー
レコード会社にてクラシック制作担当後、芸術大学音楽学部での広報マーケティング担当や音楽系スタートアップの日本統括、在日スイス大使館文化・広報官、コンサルタントとしてコンサルティングファームを経て、2023年7月よりMusic Ally Japanに参画。