「正しいヒットとは何か?」を考え続ける原動力は“楽しさ”。―Billboard JAPAN・礒﨑誠二が語る、音楽への想い「正しいヒットとは何か?」を考え続ける原動力は“楽しさ”。―Billboard JAPAN・礒﨑誠二が語る、音楽への想い「正しいヒットとは何か?」を考え続ける原動力は“楽しさ”。―Billboard JAPAN・礒﨑誠二が語る、音楽への想い

INTERVIEW

「正しいヒットとは何か?」を考え続ける原動力は“楽しさ”。―Billboard JAPAN・礒﨑誠二が語る、音楽への想い

株式会社阪神コンテンツリンク
ビルボード事業本部 研究・開発部 上席部長
 礒﨑誠二

音楽業界で輝く方にスポットライトを当て、彼らの仕事や想いを通して音楽業界の今と未来を伝える企画、3rd Lounge。

第12回は、株式会社阪神コンテンツリンクの礒﨑誠二氏が登場。
同社に入社することになった経緯や音楽ルーツ、仕事をする際に大事にしていることなど、
音楽を軸に様々なことを語ってもらった。また、web3を中心として変わりゆく音楽業界を取り巻く環境と、意識するべきポイントなどについてもお話いただいた。

Chapter.1 
音楽ルーツ、音楽業界に入るきっかけ

──礒﨑さんが音楽を好きになったきっかけを教えてください。

小学4年生の時に買ったシングルがTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の「宇宙戦艦ヤマト」  。初めて買ったアルバムはドラマ『太陽にほえろ!』のオリジナルサウンドトラック。その時から私は自己犠牲の精神を学んでいたわけです(笑)。『宇宙戦艦ヤマト』は地球を救うために敵の艦隊に突っ込んでしまうし、『太陽にほえろ!』のピークって若い刑事が殉職していくところじゃないですか。小学生の時点で、自己犠牲に関してすごく刷り込まれた精神性だったんですね。その後、当然こじらせてしまいまして(笑)。中高一貫の男子校で残念な青春時代を過ごしていて、行くところといえば渋谷と新宿と神保町と御茶ノ水。つまりはディスクユニオンとタワーレコードですよね。そういうところを徘徊する生活をしていました。

──レコードショップを徘徊されていた頃は、どんな音楽を聴かれていたのですか?

私がレンタルレコード店を利用するようになった頃は80年代で、いわゆるシティポップの時代です。その頃は佐野元春や山下達郎を聴いていました。それから高校生になると当然こじらせているので背伸びをしていくじゃないですか。「パイド・パイパー・ハウス」という輸入レコード屋さんが青山にあって、そこに行ってあまりのわからなさに呆然としたり、御茶ノ水や新宿のディスクユニオンに行って、わけもわからずとりあえずジャズを聴いたり。そのジャズの中でわかりやすかったのがマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスといった50年代60年代のジャズだったので、その辺りをずっと掘っていましたね。
あとは「FM STATION」や「FM fan」といった雑誌を見ながら、NHK-FMの「サウンドストリート」なんかを聴いて、そこで流れてきた洋楽アーティストをディスクユニオンやタワーレコードに行って調べるっていう暮らしをしていました。
それからこじらせた高校生は、映画を作りたいって言って映画を作ってみたり、ギターを弾いてみたり、いろいろとやっていくわけです。音楽観が一気に広がったのは大学に入ってから。東京外国語大学のスペイン語学科に行ったんですけど、そこは他言語のいろんな音楽が鳴り響く大学だったので、そこで見識を広げました。

礒﨑誠二

──そういった周りの環境もあって、音楽業界でお仕事をされようと思われたのですか?

最初は報道の仕事をやってみたいと思ったんです。大学で国際関係論を学んでいて、90年代の初め頃というと、いわゆるベルリンの壁が崩れて民族問題がクローズアップされて、パクス・アメリカーナの時代。そのタイミングで、各国はどうすべきかを考えていたので、報道の仕事に興味を持ちました。だけど報道関係での就職活動は軒並み落ちてしまって、試しにエンターテインメント関連の会社や、その中でも自分にとって一番身近だったのは音楽だったので、レコード会社も受けて。そこで受かったのがキティレコードだったんです。

──クリエイティブなことに関心を持たれていたと。

こじらせた私は、学生時代、すごくいい本を読んだり、いい映画を観たりした時に「自分はなぜこれを作れないんだろう?」「なぜこの現場にいないんだろう?」って思って、常に焦っていたんですよね。でも、大学時代にすごい人のライブを観たりすることで、自分はプレイヤーではないなと思ったので、いい音楽をたくさん聴いてきた、いい映画をたくさん観てきた、そういうところを強みとした送り手になった方がいいんじゃないかなと思うようになったんです。

Chapter.2 
音楽業界で働く上で大事にしていること、Billboard Japan入社のきっかけ

──送り手として音楽業界に携わる上で、大事なことはどんなことだと思われますか?

私はいつも部下に「君はそれを楽しいと思っているの?」って聞くんです。まず、自分が楽しいと思っていないと相手にも伝わらないと思っています。3rd LoungeでもYOASOBIを手掛けられたソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代さんがSNSでのプロモーションやキャンペーンのお話をされていましたが、そういったことはおそらく後付けで、きっと面白かったからつぶやいたんだと思うんですよ。それを見たファンの人たちも、中の人が楽しいんだったらきっと面白いんだろうって思うだろうし、それを業務としてツイートしたなら、それはきっと楽しくないと思うんです。

──礒﨑さんは最初にキティに入られて、そこでやはり“楽しい”というご経験をされたから、今現在もエンターテインメントに携われているということですね。

キティに入って、クラブチッタというライブハウスでライブ制作の業務や、海外アーティストを招聘する業務をしていましたが、私にとって、それがすごくカルチャーショックだったんですよ。というのも、それまでは自分が興味をもった音楽を聴いたり、ライブを観るという生活だったんですが、クラブチッタでは毎日自分が知らないジャンルの音楽のライブが開催されていて、そこでお客さんたちが楽しんでいて、時々ぶっ倒れているのを目の当たりにするわけです。それにものすごく衝撃を受けました。パンク系のライブでは、飛んでくる若者たちを捌いたり、ヒップホップ系のライブではお客さん同士の大乱闘があってライブが中断してしまったり(笑)。そういう知らないジャンルでの経験は、とても新鮮だったんです。こんなにも知らない音楽があるのかっていう楽しみもあったし、こじらせ学生の根性が活きているのかもしれないですが、“知りたい”っていう意識が強いんです。それは今のチャート作りにも活きていると思います。

礒﨑誠二

キティに入って、クラブチッタというライブハウスでライブ制作の業務や、海外アーティストを招聘する業務をしていましたが、私にとって、それがすごくカルチャーショックだったんですよ。というのも、それまでは自分が興味をもった音楽を聴いたり、ライブを観るという生活だったんですが、クラブチッタでは毎日自分が知らないジャンルの音楽のライブが開催されていて、そこでお客さんたちが楽しんでいて、時々ぶっ倒れているのを目の当たりにするわけです。それにものすごく衝撃を受けました。

パンク系のライブでは、飛んでくる若者たちを捌いたり、ヒップホップ系のライブではお客さん同士の大乱闘があってライブが中断してしまったり(笑)。そういう知らないジャンルでの経験は、とても新鮮だったんです。こんなにも知らない音楽があるのかっていう楽しみもあったし、こじらせ学生の根性が活きているのかもしれないですが、“知りたい”っていう意識が強いんです。それは今のチャート作りにも活きていると思います。

──その後、キティを1996年に退社されて、2006年に阪神コンテンツリンクに入社されるまでは、フリーランスでお仕事をされていたのですか?

フリーランスでもやっていましたし、会社に籍を置いた時もありました。その当時、クラブチッタ以外にもライブホールがいくつもできてきて、そこの音を全部聴いてみたいと思っていたんですね。なので、キティを辞めたタイミングでフリーになって、リキッドルームやクラブクアトロ、ON AIRのEASTやWESTで、私個人でイベントをやって、どういう音がいいのかなとか、どういう音が自分は好みなんだろう?と調べたんですよ。そんなことをやりつつ、スタジオの現場にも行ってみたいと思うようになったので、原盤制作もやるようになりました。あとはGOMES THE HITMANというギターポップ系のアーティストのディレクションをやったりして、プロデュースという仕事や、権利関係のことがわかってきた。そうすると今度はPro Toolsが出てきて、自分でエンジニアリングをやってみたいと思うようになって、2000年代になってからはディレクションとエンジニアの仕事をしていました。

──様々なご経験をされたのち、2006年に阪神コンテンツリンクに入社されました。入社に至った経緯をお聞かせください。

阪神コンテンツリンクは当時、OSAKA Blue Noteの運営や、阪神タイガースの商標や代理店業務をやっていまして、2006年の春先に音楽事業の部長とお会いしたんです。その時に「東京のど真ん中でビジネスを始めるんや。君もやるかい?」と言われてですね(笑)。怪しいなと思ったんですけど、“東京のど真ん中”でググると“東京ミッドタウン”と出たんですよ。これはミッドタウンでBlue Noteみたいなライブハウスを作るんだなと、そこで何かのビジネスを始めようとしているんだな、と予想できたんです。それなら面白いだろうからと、詳しく話を聞いてみると、「Billboardをやります」ということだったので、ジョインすることに決めました。

──Billboard Japanを立ち上げるにあたって、苦労されたことはどんなことでしたか?

2006〜2007年辺りの音楽業界は、90年代の成功体験を引きずっている時代だったんです。CDセールスが急速に伸びた時代の成功体験があって、その時にオリコンが果たした役割を、皆さんはよく知っていらっしゃいました。ですので、当時のオリコンや、フジテレビの音楽番組『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』がやっていた“パーフェクトランキング”、J-WAVEの“TOKIO HOT 100”といったランキングが市場に与える影響が非常に強かったんです。そんな中でBillboard Japanがチャートを始めるということはどういうことだ?と、各所に問い詰められるという目に遭いました(笑)。それと同時に、2006年にアメリカとの契約がスタートした時から、アメリカのチャートディレクターによるスパルタ教育が始まりました。

礒﨑誠二

──既存のランキングとの違いをどのように考えていかれましたか?

私はそれまでの経験から、アーティストがメジャーの契約を切られるというところも見た時に、何をもってこのアーティストが良いとか悪いとかを判断するんだろう?と思っていました。アーティストの評価基準というのが、あまりにも曖昧なんじゃないかなとずっと思っていたんです。なのでBillboard Japan Chartを作る時には、複数のデータを掛け合わせていくことで、いろいろな角度からアーティストや楽曲を外部的な尺度をもって数値化することが可能なんじゃないだろうかと、それにチャレンジしてみたいと思ったんです。たとえば1980年頃に放送されていたランキング形式の音楽番組『ザ・ベストテン』も『トップテン』も複合チャートです。当時日本には放送局や番組に紐づいた複合チャートしか存在しませんでした。一方でオリコンはCDセールスだけのチャートを作り続けてこられた。ところが1958年に出来上がったアメリカの“Billboard HOT 100”は、セールスとエアプレイ、ジュークボックスの再生回数、その3種類の複合ソングチャートだったんです。その時点でアメリカと日本ではチャートに対する考え方が根本的に違っていました。なので、放送局や番組に紐づかない形での複合チャートを日本で根付かせるということは、意味のあることではないかと考えました。当時は着うた®や、ナップスターというダウンロードやストリーミングサービスがどんどん浸透していく中で、権利関係はどう進めていくべきかということが、喧喧諤諤と話されている時代でした。アメリカではスムーズに進んでいるのに、日本ではなかなか進まないのは、音楽のヒットを複合的に考えるという視点が欠けているからじゃないだろうかというふうに思っていたんです。この辺りからまた僕はこじらせていくわけですよ(笑)。

──それから急速に音楽市場は変化していきましたが、それに対してどう向き合われてきましたか?

最初はCDセールスとラジオの放送回数、その次にiTunesのダウンロードデータを合算しました。ダウンロードのデータを合算するには、原盤の権利者の許諾が必要なんですよ。だからレコード会社に対してお願いをして回って。すぐにOKを出してくれるところもあれば、「なんで出さなきゃいけないの?」っていうところも多かったです。なので、Billboard本社の契約でワールドワイドのiTunesのダウンロードデータをまとめているので、そこから日本のデータだけ切り分けてもらったんです。次にルックアップという、CDをPCで読み取りした回数と、レンタルマーケットのレンタル回数をフォローしました。
その次がTwitterです。メディアでの楽曲の盛り上がり具合に関するフォローアップが弱いなと思っていて、それをSNSでフォローしたいと思ったんです。その数字を出してもらえたのが当時はTwitterだけだったということなんですけど。それが2013年ぐらいのことで、その辺りからようやく日本独自の複合ソングチャートを作ろうとしていることが分かっていただけるようになりました。2008年にチャートをリリースした当初は2つの指標しかなかったんですが、最大でCD売上、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ、ルックアップ、Twitter、動画再生回数、カラオケの8つの数字を合算しています。(2022年12月以降は、CD売上、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ、動画再生回数、カラオケの6指標)

──Billboard Japanとして音楽ニュースやチャートを届けていく際に大事にしているポイントを教えてください。

私たちはこのチャートが正しいのか?ということを常に考えています。というのも、チャートとして発表した瞬間に既成事実化して、権威化するんですね。その危険性は常に感じながらやっています。Billboard Japanのランキングが、その楽曲やアーティストを否定するものになってほしくないなっていうことを常に考えています。
ところで、“ヒットする”というのはどういうことだと思いますか?“1人が1000回聴くこと”だと思いますか?“1000人が1回聴く”ことだと思いますか?

──広まっているかどうかで考えると、“1000人が1回聴く”ことだと思います。

これをレコード会社やマネージメントの方に質問すると、“1人が1000回聴くのが一番いい”とおっしゃることがあります。正確には“10人が100回聴くのが一番いい”んです。経済用語で言うと、顧客単価を上げるべきか、顧客人数を増やすべきか、という話ですよね。
レコード会社やマネージメントの方は、顧客単価を上げる方向に考えてしまうんですよ。ファンの人にCDを買ってもらう、ライブに来てもらう、グッズを買ってもらう、ファンクラブやオンラインサロンに入ってもらう、といったように。
ところが、そうじゃない形でのヒットというものがあると私たちが再発見したのが、2015年以降のYouTubeやプラットフォームにおけるヒットでした。何万回聴かれました、何万回見てもらえましたという数字が出ますよね。つまり顧客人数が増えたことによるヒットと、顧客単価を上げることによるヒットの二つがあるということを、私たちは体感するようになりました。新しいテクノロジーで言うと、NFTやDAOの考え方は顧客単価を上げていく方向、そしてメタバースは顧客人数を増やす方向だと思うんですね。その二つの方向があるということを意識して、考えていくべきだと思います。もちろん、私が言っていることがすべて正しいわけではないと思いますけどね。

礒﨑誠二

これをレコード会社やマネージメントの方に質問すると、“1人が1000回聴くのが一番いい”とおっしゃることがあります。正確には“10人が100回聴くのが一番いい”んです。経済用語で言うと、顧客単価を上げるべきか、顧客人数を増やすべきか、という話ですよね。
レコード会社やマネージメントの方は、顧客単価を上げる方向に考えてしまうんですよ。ファンの人にCDを買ってもらう、ライブに来てもらう、グッズを買ってもらう、ファンクラブやオンラインサロンに入ってもらう、といったように。

ところが、そうじゃない形でのヒットというものがあると私たちが再発見したのが、2015年以降のYouTubeやプラットフォームにおけるヒットでした。何万回聴かれました、何万回見てもらえましたという数字が出ますよね。つまり顧客人数が増えたことによるヒットと、顧客単価を上げることによるヒットの二つがあるということを、私たちは体感するようになりました。新しいテクノロジーで言うと、NFTやDAOの考え方は顧客単価を上げていく方向、そしてメタバースは顧客人数を増やす方向だと思うんですね。その二つの方向があるということを意識して、考えていくべきだと思います。もちろん、私が言っていることがすべて正しいわけではないと思いますけどね。

Chapter.3 
音楽業界の未来

──先程お話に出ましたNFTやDAO、メタバースといった新しいテクノロジーを取り入れるアーティストも増えてきましたが、今後はどうなっていくと思いますか?

今の市場はクリエイター・エコノミーですが、その前はプラットフォーム・エコノミーでしたよね。いわゆるSNSであったり、YouTubeやSpotify、Amazonといったプラットフォームを運営する人たちが強者となって、いろんなものを作っていくという世界があった。その“web2.0”とされた時代は僕らにとって楽しいものだったでしょうか?

──もちろん楽しい部分もありますが、同時にネットによる脅威というものも感じました。

そうですよね。YouTubeを見て楽しんだり、ストリーミングによって気軽に音楽を楽しめるようになりましたが、同時に息苦しいなと感じることも多かったはずです。たとえばアメリカはSNSを選挙に活用したことで、国内の分断を呼びました。私たちはSNSに接続していくことで自由を失っているという状況も生まれたと思います。
それを一番に感じたのは、コロナ禍ですね。ライブやイベントが不要不急と言われて、これからどうするべきかと自分たちの仕事と向き合い、いろんなアーティストや音楽業界の人たちが様々なマニフェストを発信したところ、たくさんの逆風を受けました。“web2.0”は便利にもしてくれたけれど、息苦しくもしてしまった。それと同じことが“web3”で起こらないとは限らないと思っています。たとえばNFTで言うと、「自分が好きなアーティストだから応援のためにアートを買います」ではなく、「このアーティスト、この音楽は儲かりそうだからお金を出します」というふうに考える人たちが増えていくんじゃないかと思っていて。“楽しい”とか“好き”ではなく、このアーティストにBetする、という判断が先に立ってしまうことになったら、高校時代からこじらせたままの私はきっと辛くてたまらないだろうなと思います。
ヒットしていない楽曲や、つまらない音楽とされているものに救いを求めているような人たちが、今も絶対にいると思うんですよ。そういう人たちに届けたい音楽というのがなくなっていくような流れになったら嫌なので、web3以降の世の中では、そのハンドリングが重要だなと思います。

そうですよね。YouTubeを見て楽しんだり、ストリーミングによって気軽に音楽を楽しめるようになりましたが、同時に息苦しいなと感じることも多かったはずです。たとえばアメリカはSNSを選挙に活用したことで、国内の分断を呼びました。私たちはSNSに接続していくことで自由を失っているという状況も生まれたと思います。
それを一番に感じたのは、コロナ禍ですね。ライブやイベントが不要不急と言われて、これからどうするべきかと自分たちの仕事と向き合い、いろんなアーティストや音楽業界の人たちが様々なマニフェストを発信したところ、たくさんの逆風を受けました。“web2.0”は便利にもしてくれたけれど、息苦しくもしてしまった。それと同じことが“web3”で起こらないとは限らないと思っています。たとえばNFTで言うと、「自分が好きなアーティストだから応援のためにアートを買います」ではなく、「このアーティスト、この音楽は儲かりそうだからお金を出します」というふうに考える人たちが増えていくんじゃないかと思っていて。“楽しい”とか“好き”ではなく、このアーティストにBetする、という判断が先に立ってしまうことになったら、高校時代からこじらせたままの私はきっと辛くてたまらないだろうなと思います。

ヒットしていない楽曲や、つまらない音楽とされているものに救いを求めているような人たちが、今も絶対にいると思うんですよ。そういう人たちに届けたい音楽というのがなくなっていくような流れになったら嫌なので、web3以降の世の中では、そのハンドリングが重要だなと思います。

礒﨑誠二

──では、10年後の音楽業界はどのように変化していると思われますか?

たとえばロンドン在住の宇多田ヒカルの英語詞の楽曲はJ-POPですか?すべて英語詞で歌っているパンクバンドはJ-ROCKですか?

──韓国のグループが日本語で歌っていてもK-POPですよね。

はい。つまり日本であるとか韓国であるとか、そういった政治や経済にまつわる国境はおそらく薄れてきていて、10年後はさらに薄まっていくんじゃないでしょうか。たとえばコンゴにいる人が音楽を作って、そこに日本語詞を乗せたものをJ-POPとしてリリースしてもいいはずだし、東京に住んでいる人がアフリカのリズムに乗せて英語で歌ってもJ-POPとしてリリースしてもいい。そういう国境を越えた音楽がどんどん出てくると思います。今まではグローバルな視点で考えた時に“日本語であること”をネガティブに考えることもあったかと思いますが、これからはむしろそれが大事なことになってくると思います。今、日本でも様々な世代の方がK-POPの母国語バージョンを普通に聴いていることを、すごくいいなと思います。つまり国境がなくなって、いろんなものが楽しくなる時代になっていればいいなと思いますね。私たちは、それをもっと広げていくお手伝いをしたいなと思います。

──最後にこれからの音楽業界を盛り立てていく同志に向けてメッセージをお願い致します。

「今、皆さんがやっていることは楽しいですか?」っていうことだけですね。私は水曜日がチャート発表の日なので、毎週それをチェックしています。計算間違いをしていないか、バランスは大丈夫か、ということを15年間、ずっとやっているんですね。それを言うと皆さんに引かれることが多いんですが(笑)、なんでやっているかというとやっぱり楽しいからなんですよ。毎週毎週、数字が違っていて面白くて。ということは、まだまだ見なきゃいけないところがあると思って、今もやっています。

礒﨑誠二

PROFILE

  • 礒﨑誠二

    GUEST

    礒﨑誠二

    株式会社阪神コンテンツリンク
    ビルボード事業本部 研究・開発部 上席部長
    1992年、キティ・エンタープライズ入社。1996年、同社退社後、原盤制作、著作権管理、商品流通管理等、多岐の業務に携わる。2006年、阪神コンテンツリンク入社。Billboardの国内ブランディング、マーケティング等を手がける。

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